【大戦中の特殊船】5 鷲を懐いた油槽船

大戦中、英国海軍はMerchant aircraft carrier、すなわち商船空母なる輸送船を竣航させていました。
MACシップとも呼ばれる本船は、既存の大型船に飛行甲板を載せた簡易航空母艦で、本来の運搬業務を行うと共に船団護衛の任も与えられ、海狼Uボートの攻撃に対抗しました。
第一号の穀物運搬船を改造したエンパイア・マックアルパインを皮切りに、大戦終結まで合計19隻のMACシップが竣役し、それらの艦載機には、発艦距離が短い “最後の複葉機” もしくは “最強の複葉機” とも言われた名機ソードフィッシュが割り当てられていました(なお19隻すべて生存し、戦後本来の輸送船に戻された)。

今回はその日本版MACシップ、「しまね丸」をご紹介します。

しまね丸

「しまね丸」は、先に建造された飛行甲板付き特設輸送船「あきつ丸」とほぼ同じアイディアで、「あきつ丸」には不適当された航空機運用能力をさらに高めた特設輸送船です。

輸送船の消耗著しい大戦後期、陸軍と海軍の輸送船団護衛関係者が集まった連絡会議の席上、「あきつ丸」を本格的な船団護衛空母に改造することが決まりました。
切迫した戦況は異例の陸海両軍の協力体制を生むこととなり、その席上で比較的大型の輸送船(戦時標準船TL型、1万トンクラス)に飛行甲板を設けた油を運ぶことのできる護衛空母の建造が提案されました。
そして起案事項が具体案に変わり、陸軍と海軍はそれぞれ建造途上のTL油槽船(陸軍は第二次戦標船2TL型、海軍は第一次戦標船1TL型)を購入し、昭和19(1944)年6月に海軍が「しまね丸」と命名した一番船を神戸川崎造船所にて起工、翌7月は陸軍が三菱横浜船渠にて「しまね丸」とほぼ同じ設計の「山汐丸」を起工しました。

「しまね丸」は排水量2万469t、全長160.5m、原油は1万5千トンも搭載できる堂々たる船躯で、哨戒機には使い勝手の良い九三式中間練習機(赤とんぼ)を予定していたとされます(この辺りは、英海軍がソードフィッシュを選んだことと似ている)。

工事は急ピッチで進められたものの、最終艤装段階で、神戸から志度湾に疎開していた「しまね丸」は英海軍艦載機の攻撃により中破着底し疎開先で終戦を迎えました。
一方「山汐丸」も、完成一歩手前ながらも、すでに護衛空母の意義を失っていた情勢から、通常油槽船への戻し改造中に横浜港外にて米海軍艦載機による攻撃で着底し同じく終戦を迎えました。

日本版MACシップは、結局稼働実績がないままその実力は未知数で歴史に埋没してしまいましたが、生産性の高い戦時標準船を用いた改造護衛空母の発想は、柔軟性に富んでおり、竣工していたならば決して無駄にはならなかったと思われます。

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引用参考文献:
(1)『護衛空母入門』大内 建二 光人社、2005年4月11日発行
(2)『戦時標準船入門』大内 建二 光人社、2010年7月23日発行

●本戦記関連の記事は、私imakenpressの独自考察や推察推測、思考など多分に含んでいます。
●イラスト類は、複数の参考文献を基に私imakenpressが作成してます。よってディテールやスケールなど正確性に欠けます。

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