【先代写真館―赤城山空風記】4 北海道 昭和25年(1)

昭和25年、この年の先代はあちこち飛び回っていたらしい。
春に関西に行き、夏北海道を放浪。

以下はその時の写真。
昭和20年代の北海道の情景。

(津軽海峡)

青函連絡船の船上から撮ったと思われる。
早朝の函館港付近か。

 

(船上から。接岸か)

煙突の形状から推測するに、終戦後建造された四隻の車載客船「洞爺丸型」。
『洞爺丸事故』はこの4年後。

 

(函館市内より函館港を望む)

船群の様子からいかにも拠点港らしい。
戦後復興における物流移動の多さを実感できる。

 

(札幌駅)

気品を感じさせるような立派な造り。

 

(札幌市内)

既にビルが林立し、北の大都市に相応しい街になっている。

 

(狩勝信号場)

根室本線(狩勝峠越え旧線)の信号場。
かつて札幌と帯広・釧路方面とを結ぶ難所だったが、新狩勝トンネル貫通により昭和41年廃線。
さらに昭和56年には石勝線が開通し、本線である落合・新得間はローカル線化してしまった。

 

(参考:1998年時の新線 落合・新得間、畜産試験場付近)
撮影:imakenpress(Nikon F90)

 

(推定 新得付近)

この辺りを、リュックを背負い線路沿を東へスタンド・バイ・ミーしたそうだ。

 

(帯広駅)

そして帯広に辿り着く。

 

(帯広市内とボンネットバス)

バスには「貸切」と書いてある。野球大会に行く所だろうか。

 

(2)へつづく

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