熱かった”ナ”イコン時代

何もかもが熱かった。

今から30年ほど前のマイコン黎明期・・・

当時、田舎のボンクラ中学生だったimakenを熱くしたのはマイコンだった。

もちろんあこがれのpc-8001やパソピア7など買う金などないハナタレ小僧は、雑誌の「I/O」やら「ベーマガ」「初ラ」を読んでは脳内でアセンブルとデバッグをする日々を過ごしていた “ナイコン” ではあったけど。

そんな中坊だったimakenは、受験勉強などそっちのけでなけなしの小銭を手に通ったのが、

大手町の 「電気通信科学館」 だった。

残念ながら今はもうないらしい。

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ということで(笑) 今回ご紹介するのは、その「電気通信科学館」で1983年に開催されていた特別展の冊子(の抜粋)。

いやはやその催し、わたくし全く覚えておりません。

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をを~っ これが表1(オモテ表紙)。
凄い! めちゃサイバーティック!! 4台のマシンを操っている~~っ
画面を見ると何やらデータを解析中。右端にカプラがあるから通信をしていることはマチガイナイ。
当時はやった映画の「ウォーゲーム」を思い出した。

 

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ふむふむ、1983年が「世界コミュニケーション年」だったのネ。
コンピュータ時代の幕開けじゃ~~

 

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むむ、BASICより簡単な言語だとぉ~~。
なんだろう!! あ~、ソード社のPIPSかな??(笑)

10 PRINT “アハハハ”
20 goto 10

なんてコマンドをよく電器屋のパソコンで打ち込んだなあ。
(打って立ち去る悪童)

 

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あれあれ、
このロボット、何だか有機的なだなあ。
コンピュータ内臓? きっと金属製ではなくバイオメカニズムなコンピュータが内蔵されているのかな。(笑)

 

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「キャプテンシステム」とともによく語られる国家主導の挫折システム。
電電公社が先頭たって大風呂敷広げるからだめだったんだよ。
まあ、INS64とか電話システムは生き残ったけど・・・

 

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表4(ウラ表紙)。
この住所、いまはアーバンネット大手町ビルらしい。

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あれから約30年。

私imakenは精神的にちっとも成長していないのだが、このヨンナカいつの間にやらネットが社会全体に張り巡らされ、それなしでは生活や仕事が成り立たなくなっています。

ただ透明チューブを走るエアカーに乗り、ピチピチウェアを日常着こなし、ちょっと火星までなんて世界はまだまだ先みたい。

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