国分寺村分水と二支:辿る編その3 恋ヶ窪村分水

■ルートマップ(分水分岐点→姿見の池)

※注意:あくまで推定ルートです。

より大きな地図で 国分寺村分水 恋ヶ窪分水 貫井村分水 を表示

国分寺村分水を後にして、次は恋ヶ窪村分水を辿ってみます。

流路は、先の国分寺村分水・恋ヶ窪村分水分岐点(A1-1)から南に下がります。

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(↑)(A3-4)付近の府中街道。

初め古地図を見て引っかかりました。

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(A3-4)から東に転進するとばっかり思ってました。

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(A3-4)から東へ下る道。

結論から言うと、これは間違いで、現在の府中街道は新道であって旧来の鎌倉街道ではないということです。
よく見ると「東福寺」が街道西に描かれており、現在の位置とは異なります。
実は旧鎌倉街道がこの府中街道よりやや東にあって、そこに分水が流れていました。

ということで、北の(A3-1)へ。

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(↑)ちょっとデジカメで “鉄撮” にチャレンジ。

うお~~難しい~~、4~5年前の P 社コンパクトカメラ L じゃ無理だな。(笑)

そしてこの地点、遺構がちゃんと残っています。

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(↑)(A3-1)に南に森が伸びていて、これこそ恋ヶ窪村分水の堀跡だったのです。

ここから森沿いに南に下がると、

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(↑)(A3-2)に札が立っていて、「恋ヶ窪用水」の文字が・・・

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(↑)堀は意外と深いです。水流はなく、残溝先の暗渠部分へは赤い蓋で閉ざされていました。

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(↑)堀の横には短いながらも遊歩道があります。(ちょっと暗くて寂しい)

今回の水路旅は、ほとんど “街歩き” のような感じでしたが、ここにきて大感動感涙。

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(↑)名残惜しいながらも先に進みます。

再び東福寺方面の南へ。

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(↑)をを、ここがリバーサイドさんのブログで紹介されていた「姿見の池か!」

早速中へ、

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(↑)水草の中には水路があります。

池の詳細は、リバーサイドさんのレポートを見てください!!

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(↑)ここが池ですね。西武線とJR線のはざまにあって穴場みたいです。

姿見と言うことで・・・

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近くに小さい子どもがいて、「このおっさん何やってんだぁ」って目で私を見てました。(爆)

分水は、この先の日立敷地内あたりで野川と合流していた模様で、ここをゴールとしました。

 

 (恋ヶ窪村分水:分水分岐点から野川合流点まで全長約1.6km)

【辿る編 その4へつづく・・・】(三本目、貫井村分水へ!)

これまでのコメント

  1. リバーサイド :

    拙ブログのご紹介有難うございます。
    十数年前、東恋ヶ窪4丁目のマンション(ヨーカドーの近く、ただしその頃
    はまだなかった)に住んでいました。(新婚時代です(笑))
    恋ヶ窪から東進する国分寺分水の道は自動車や自転車でよく通っていましたし、
    府中街道や東福寺の東の道も毎週のように利用していました。

    但しその頃は水路に全く興味が無く、意識したことすらありませんでした。
    機会がありましたら、この記事を参考にさせていただいて、
    懐かしの地を訪れたいとおもいます。

  2. えいはち :

    姿見の池、このとき見ようと思ったのになぜか見落としてたんですよ。
    http://ei8at12so.seesaa.net/article/43841672.html
    自転車だとどうしても観察が粗くなるようで。
    でも、あそこに水の流れがあったとは。
    思い起こすと、そんなセンサーが働いていたような気もして嬉しく思います。
    今回載せられた地図、十二社住人としては「熊野神社」に反応してしまいました。
    拡大して見ると、なんとレアな西向き!うー、見に行きたいです。

  3. imakenpress :

    えいはちさん こんにちは~。
    確かに池の入り口はやや判りにくかったです。私も水センサーww働いていました。高低差とか小路とか・・・。
    熊野神社ありました。おお西側に鳥居。そう言えば西向きってあまり記憶がないですねー。(気がつかなかった)

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