深大寺用水:辿る編 その4(東堀1)

■ルートマップ(水分かれ→水路トンネル)

※注意:あくまで推定ルートです。

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(取材日:2006年4月30日、08年11月30日)
ここからが深大寺用水の本流です。
実は水分かれで本流はいきなり東西に別れます(東堀、西堀と呼ばれました)。
まずは流路が比較的わかりやすい東堀を辿ってみましょう。

流路は、東八道路に沿って東進します。
造園および佐川急便南側を流れ、入間(いりま)川源頭近くで南に進路を変えます。

堀は埋められ歩道となっています。

(上写真)(D-1)南進するあたり、ちょっとした“滝”だったそうで、「どうどう(堂々?)の滝」という名だったそうです。
耳を澄ますとざーーーっと聞こえてきます。(様な気がする)
諏訪神社まで南進します。

歩道が暗渠です。

(↑)諏訪神社手前で進路を東南に変え、

諏訪神社北側(D-3)を進みます。おお、川じゃ~~。
ここで現在の「三鷹通り」にぶつかり、道路を渡りセブンイレブン脇を東へ進みます。
流路は入間川(こちらも暗渠)と平行しています。

野ケ谷地区を東へ暗渠歩道を進みます。

フタが暗渠とわかりやすい歩道。
暗渠は続くよどこまでも♪

やがて原山通り(D-5)に出ます。ここから南進します。
ちなみに上写真左側黒フェンス内は調布市の水源井戸です。
通りを渡り、スーパーの東側住宅地を10mくらい行くと、

碑が立った所に出ます。

ここは隧道跡(D-6)で、流路は長さ約179mの水路トンネルを進みますが、この先は中央高速道路のオープンカット部分で道路工事の時にトンネルも埋め立てられた様で往時の姿は全くわかりません。文化遺産なのに残念です。

【辿る編 その5(東堀2)へつづく・・・】(暗渠はまだまだ続きます)

これまでのコメント

  1. KAKASHI-NEKO :

    imakenpressさんこんばんは、KAKASHI-NEKOです。深大寺用水というのは東堀が主だったようですね?私が訪れたとき、諏訪神社から野ヶ谷に落ちるところは、良く判りませんでした。何度か訪れて、苦し紛れにジグザグに歩いたところ、野ヶ谷に落ちないような水路跡らしきものが見つかったのですが、一部しか残っていないのと、人家の庭に入っているらしく、しかと見極めることはできませんでした。また原山から隧道跡の碑まで、若干上っているように見えるのと、この碑の地点が隧道終点の柴崎緑地より低いように思えてなりません。

  2. imakenpress :

    KAKASHI-NEKOさんこんにちは、東堀の水量を多くしたのは、どうも田畑の面積比率から東西への分水比率を決めたものではないらしく、当時の“開削尽力者”の「所有する水田が多くあったため」が実情のようです。(ある郷土資料に示唆する記述があります)
    諏訪神社から野ヶ谷への流路は、地元の私でも良く判らない部分が多いです。水をここで入間川の谷へ落とす訳にいかず、どうもこの付近、多段水路で樋掛けしたらしく興味をそそります。
    原山の隧道も謎な部分がいいですよね。おそらく付近の地形・景観は中央道工事の時に大きく変えてしまったのかな?と思います。

  3. HONDA@東京の水 :

    はじめまして。namaさんや善福寺川リバーサイドさんのところから辿ってきました。前々から深大寺用水について自分のサイトで取り上げようと思い準備しているのですが、詳しく記事にされていて驚きました。深大寺用水は入間川や仙川用水(入間川用水)との水のやり取りの関係が複雑で、謎解きの奥が深く面白いですよね。野が谷の多段水路については、とある史料でだいぶ詳細がわかってきたところですが、まだ確証にはいたっていません。

  4. imakenpress :

    こんにちは。tokyoriverさんのサイト回ってきました。精力的に支流の調査を行って居るんですね。85年の神田川シリーズの写真がとても良かったです!
    私も昔の写真を探してるのですがなかなかなくて。とりあえず見つけたのが『調布飛行場』の写真でした。

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